祭りに対する管理人の独り言

■このページは、管理人が気の向くままに「考えている事」「感じた事」「言いたい事」などを不定期に書き足していくページです。
■記述内容は、関係各位にご迷惑をおかけしないように気を付けておりますが、掲載後の管理人の自己判断及び各方面からの声(苦情、アドバイス、相談など)により、予告なしに随時加筆、変更及び削除する可能性があります。


−目次−
高知のよさこい祭りへのこだわり
第1話 序章
第2話 祭りを見ている人
第3話 祭りを支える人
第4話 高知のチーム
 其の一 鳴子
 其の二 地方車
 其の三 練り歩き
 其の四 色(特徴)
第5話 街全体の雰囲気
第6話 だからこだわりたい
番外編 注意事項

その他いろいろ独り言
第7話 高知県外のチーム
第8話 撮影者のマナー・モラル
第9話 「踊らなければ分からない」に異議あり

以降、不定期に書き足していく予定…


高知のよさこい祭りへのこだわり(第1話〜第6話)

第1話 序章 (2004年1月吉日)

 当サイト「よいやさ.ねっと」「よっちょれ.ねっと」は、タイトルバナーにもあるように「高知のよさこい祭りサイト」として公開している。
「高知のよさこい祭り」及び「高知のチーム」だけにひたすらスポットを当てているサイトである。
理由?「よさこい」を知るキッカケが高知のよさこい祭りだったことや、妻が高知出身・在住だったことも100分の1くらいは関係しているかも知れないが、残り100分の99は「よさこい祭りも含めた高知が好きだから」である。
「高知が好き」という部分は内容が膨大になるのでここでは控えるが、当サイトを公開する上で、高知のよさこい祭りの良さを伝えれば、そのいくつかは解かってもらえるかなと思い、サイト内の各ページを作成している。

 高知のよさこい祭りの魅力は、簡単に言葉や活字では表現出来ない。
その場で体験した者や高知在住の方ならば、この意味が解かると思う。
どんな表現で語っても「それだけじゃない」「そんなもんじゃない」「余計なこと言うな」となりそうだ。
ただ、当サイトが何故「高知のよさこい祭り」及び「高知のチーム」だけにこだわっているのか?が、ある程度理解できる範囲で独り言として綴ろうと思う(第2話以降も含めて)。

 高知のよさこい祭りの基本は「祭り」だということ。
「よさこい祭り」という名称である限り「当たり前だ」って言われるかも知れないがちょっとお待ちを。
決してイベントやコンテストなんかではないということも言っておきたい。
この「祭り」、地域が一体となって参加し、とにかく「楽しもう!」というスタンス。
「見ている人」も「踊る人」も「裏方として支えている人」も、全てが一緒になって「街全体」で楽しい祭りのために盛り上がる。
「祭り」とは本来こういうものだと思うが、昨今そうでないものが数多く存在することも事実。
だからこそあえて言いたかった。

 また、この祭りは「主催者」「マスコミ」が前面に出ることを、各競演場・演舞場では個人的にそれほど感じたことがない。
主催者や踊り子さんだけではなく、祭りに関わる全ての者(街全体)が一体となって盛り上げ、そして楽しむこと。
高知のよさこい祭りにはこれを強く感じる。
逆に言うと、ここまであってこそ「祭り」と呼べるのでは?とも思う。
よさこい以外の各地域の祭り(地元神社の縁日と神輿の祭りとか)だって、みんなそうやって毎年続いているはずだ。
それがいつのまにか「イベントだ」「コンテストだ」と言われるもの(踊り系)が多くなり、高知のよさこい祭りも同様に見られる場合も稀にある(特によさこいを知らない方々に)。
それはとても残念なことだが、あくまで一部の者の誤解によるものなので、私は努めてあまり気にしないようにしている。
高知のよさこい祭りを体験した者ならば、楽しくてとても素晴らしい祭りであることがすぐに解かるはずだから。


第2話 祭りを見ている人 (2004年1月吉日)

 祭りを「見ている人」には、県外からの見物人と地元高知の見物人に大別されるが、地元の方の温かい対応や笑顔に毎年心惹かれる。
競演場や演舞場の地元チームが演舞中には、店から出てきた人たちがご祝儀なのか地方車に次々と飲料その他を積み込んでいく。
声援も相当なものだが、人によっては笑顔で目を合わすだけで通じるような場合もあった。
それに応えてチームも更に盛り上がる。
これらは以前、地方車に乗せていただいた時に体験したことだ。
そしてある地元見物人は、目の前を演舞する踊り子さんには、どこのチームに対しても団扇で扇ぎ、元気が出るように声をかける。
踊り子さんも笑顔でそれに応える。

 毎年ある競演場では、歩道にレジャーシートやゴザを敷いて踊り子に声援を送りながらビールを飲む人、踊りを見つつも近所みんなで宴会となり盛り上がる人々、折りたたみ椅子に腰掛けて目を細め夏の風情を楽しむ人、「暑いー」と騒ぎながらも日向で各チームをじっと見続けている子供さん、我が子の踊りを必死にビデオに収めようとチームを取り巻き、隊列と一緒に移動する親御さん等々、様々な光景を見かける。
小さい子供から若者、ご年輩の方々まで、祭り期間中はみんなで盛り上がる。
地域の人々に「よさこい」という「祭り」が根付いているように感じる。
やはり生活の一部になっているのだろうか。
但し、祭り期間が過ぎればいつもの生活・いつもの風景に戻り、騒がしかった祭り期間中が嘘のように思えるほど周辺は一変する。
祭りで季節を感じる…すごく羨ましい部分でもある。
こんな風景、こんな「見ている人」が当たり前に存在する祭り…それが高知のよさこい祭りである。


第3話 祭りを支える人 (2004年1月吉日)

 祭りを「支える人」はたくさん在り過ぎるため、その一部を記述したい。
競演場・演舞場では「接待所」なるものがあり、踊り子さんに飲料等のサービスを行い、次の競演場で元気に踊れるように力をくれる。
その内容は会場によって様々だが、いずれも踊り子さんを第一に考えてのもの。
また、各競演場・演舞場は祭りの主催者側の者ではなく、多くの地元の方々が中心となり、その他一部のボランティアの方により運営されていることも高知の特徴だと思う。
各競演場の単位で、それぞれが(いい意味で)独立した祭りのようだ。
また、「競演場の付近住民からの寄付等などにも支えられている」とも聞いたこともある。
チームでは「地方車を誘導する者」「踊り子の安全のために見物人に気を配る者」のほか、「救護車」「給水車」「その他の世話係」の人たちなどが支える…まぁこれは高知に限ったことではないかも知れないけど一応書いてみた。
他にも「仕事」として祭りを支えている人(プロ)が多く存在するが、ここではあえて省略する。

 これら全ての「支える人」の力があってこそ「踊り子」さんが楽しく・安全に踊れるし、「見物人」も楽しく・安全に見ることが出来る。
ただこう書くと、一般によく言われているように、祭りの主役は「踊り子」であり、それをサポートするのは地域住民や関係者などの「支える人」であるとも言えないこともないが、私はあえて、踊り子・関係者・地域住民・見物人など全てひっくるめて「街全体が主役」である、と言いたい。


第4話 高知のチーム (2004年1月吉日)

 高知のよさこい祭りをさらに魅力的にしているものは、やはり参加している数々のチームの存在が大きい。
もともと高知で50年も前に発祥したよさこい祭り。
高知の各チームが持っているその特徴は、本来、よさこいに参加するチームとしては当たり前に備えているものだ。
但しそれは、全国各地に広がった「よさこい」「YOSAKOI」関連の祭りに参加している多くのチームが持っていないものでもある。
「そんなことはない、高知県外のチームだって…」という声もあろうかと思うが、そのあたりについては、後述の「第7話 高知県外のチーム」で再び綴ろうと思う。

其の一 鳴子
 まず「鳴子」について。
よさこい祭りには細かいルールは数多く存在するが(当サイトの「ルール」参照)、祭りの根本となる基本ルールは片手で数えられる程度しかない。
その中のひとつに「鳴子を持って踊ること」がある。
これは全国各地に広がった祭りにおいても同様なルールである…が、高知の捉え方は「鳴子を持つ」ではなく、恐らく「鳴子を鳴らす」ではないだろうか。
激しい踊りで腕を振り回した結果「鳴子から音がしている」ではなく、キチンと「鳴子を鳴らす踊り方」を当たり前のように各チームが披露している。
それは幼稚園チーム、企業チーム、商店街チーム、ご年配ばかりのチーム、行政チーム、学生チーム…ひとつの例外もない、どのチームもキレイに鳴子を鳴らしている。
大勢の踊り子さんが揃って鳴子を鳴らす音は、すこぶる心地よい音がする。
せっかくルールとして存在しているのだから、このように鳴子を使うのは当たり前と言ってしまえばそれまでだが、しかし昨今、そうでないチームを見かける機会が多くなってきたため、どうしてもここで言いたかった。
かと思えば一転、演舞中にあえてバチ部分を押さえて音を鳴らさなくし、しっとりと踊る場面などもあるが、それも「鳴らす」ことがあってこそ光るものだ。
でなければ「よさこい」という祭りでなくてもよくなり、ただ踊ればいいことになる。
そうなると「鳴子を持たないとよさこいじゃないの?」なんて突飛な質問も飛び出しかねない状態となる。(実話)
鳴子が在っても無くても関係ない踊り…それはよさこい祭りの踊りとは言い難い。
だって「よさこい鳴子踊り」なんだから。

其の二 地方車
 高知のチームで「○○○○踊り子隊」という名称をよく目にするが、この「踊り子隊」という言葉の意味、踊り子と地方車も含めたチームの総称。
そこで次は「地方車(ぢかたしゃ)」について。
地方車はチームを先頭から引っ張り、その装飾で見る者を圧倒し・楽しませ、また、音響施設でもあり照明施設でもある山車と言っていい。
よさこい祭りには「地方車」の存在が不可欠であり、各チームともその仕上がりに力を入れている。
各チーム自慢の地方車を見比べるだけでも時間を忘れるほど夢中になれる…少なくとも私はそうだった。
今年の踊りをお披露目するという意味合いが強い前夜祭でこそ登場しないが、本番以降は多くの商店街会場やアーケード会場で活躍するだけでなく、唯一のステージ会場である中央公園競演場でも横付けして大音響を発生させる。
高知ほど地方車を重要視している祭りはないのではなかろうか。
高知県外には地方車が存在しない祭りも多数にある。
「よさこい」という祭りとしてだけでなく、一地方車好きの私としても、地方車がない「よさこい」なんて考えられない
地方車が大きなウェイトを占めている…私が高知のよさこい祭りに惹かれる数多い理由の一つでもある。

其の三 練り歩き
 高知のチームの特徴ではなく、高知のよさこい祭りの特徴かも知れないが…それは、高知のチームの踊り子さんは「競演場を練り歩く」ということ。
高知では、競演場・演舞場のスタート地点からゴール地点までを一回の演舞と捉えて練り歩く「前進する踊り」が基本になっている。
決して、その場で踊り一定期間を走って(歩いて)移動し再びその場で踊る…なんてことはしない。
高知の会場のほとんどがストリート(公道)である。
踊り抜けるために振り付けの段階からそれを意識して作り上げていく必要がある。
決して4分30秒で燃え尽きるような踊りはしない。
特に距離の長い競演場(愛宕など)は約1kmもあるため、20分から40分程度連続して踊ることになるからだ。
しかし高知のチームでも激しい踊りをするチームはいくつもある。
だからこそ毎年踊り子さんの体力には関心しまくりである。
ステージ演舞中心の祭りに参加している高知県外の踊り子さんが、高知の祭りに参加して「帯屋町の後半で倒れた」とかをよく聞く。
4分30秒で燃え尽きるほどの激しい踊りを、真夏の高知で何十分も踊ったら倒れるのも仕方がない。
高知では何十年も当たり前の踊り方や競演場だが、各地に広がった祭りからは特殊な存在になっているのも面白い。
このようなストリート(公道)の競演場では、どのチームも地方車を先頭に踊り子さんはその後ろで4列になり、真っ直ぐつらなりゴール地点まで一気に踊り抜けていく…。
100人以上の踊り子さんの隊列がキレイに揃い踊る様は「圧巻」。
よさこい祭りを始めて見た時のこの強烈な印象が、その後の「よさこい祭りへのこだわり」の始まりだったのかも知れない。

其の四 色(特徴)
 高知のチームの多くは、チーム独自の「色」を持っている(言うまでもなく色=特徴のこと)。
それは翌年に新しいコンセプト・音楽・衣装・踊り・地方車で参加してもなくなるものではない。
チームとしてのなにかしらの特徴は毎年継承される。
それはチームとしての「売り」と表現してもいいかも知れない。
だから、大幅にモデルチェンジしたチームでも、見れば「あっ、このチームって○○○○連じゃないかなぁ」と判る。
その内容はチームによって様々で、「一糸乱れぬ踊り」であったり「男踊りと女踊り」であったり「サンバ」であったり「細かく激しい振り」であったり、「奇抜な衣装」「豪快な地方車」「楽しい歌と振り付け」「艶やかな衣装とおなじみの歌」、中には「演歌」や「笑顔なしで踊る」なんてのもある。
全てそのチーム独自の特徴=色である。
この「色」を見比べたり、前年との微妙な変化を読み取ることもまた楽しい。
全国各地にも様々なチームが存在すると思うが、それは何百というチームの中での話ではないだろうか。
例えば、参加している10程度のチームを比較したとき、ここまで全てのチームの「色」が違うのも高知独特のものなのかも知れない
そんな高知のチームに毎年心を惹かれるのも当然か。


第5話 街全体の雰囲気 (2004年1月吉日)

 よさこい祭りが近づくにつれて、街のあちらこちらで鳴子の音が聞こえてくる。
各チームが本番に備えて練習を開始する頃、いよいよ夏の始まりを感じる季節となる。
第2話で綴った「祭りで季節を感じる」ときである(羨ましい)。
最近こそ年間を通じて遠征などで活動するチームも増えてきたが、数年前までは、それこそごく一部のチームだけであり、それ以外のチームは「祭りが終わったら翌年までお休み」である。
今でもそういうチームが圧倒的に多い。
だから一斉に練習を始めるこの時期、「公園で」「体育館で」「校庭で」「屋内駐車場で」「閉店後の商店街で」と、街のいたるところから心地よい鳴子の音が響き渡り、「もうこんな時期になったんだ」と季節を感じることが出来るらしい。
多くの競演場・演舞場では祭り直前まではそれほど変化はないが、中心街に目を向けると、本部競演場である追手筋、4日間フル稼働する中央公園、アーケード会場の帯屋町などは、桟敷が組まれたり、大きな入場ゲート(?)や看板が設置されたり、ステージが出来上がったりと、祭りの姿が徐々に現れてくる。
普段は置いてない店もこの時期になると「鳴子」を販売したりもする。

 祭りが始まってからは市内のどこにいてもわくわくする。
きっと街全体の雰囲気がそうさせるのだろう。
他の地域もそうかも知れないが、高知で特に感じることは、県外からの来高者に対してすごく温かく接してくれるということ。
祭りの時期以外もそうだが、よさこい祭り期間中は特に感じる。
もともと街(商店街)の復興・発展のために始まったよさこい祭り。
このあたりにも少なからず関係しているのかも知れない。
電車通りを土電で知寄町から旭方面に進み窓から外をのぞくと、いくつもの競演場・演舞場の様子を見ることが出来る。
「知寄町」「菜園場」「はりまや橋」「京町」「中央公園」「升形」「上町」「旭」…。
踊りの出番を待つ踊り子さんと地方車群、踊りを熱心に見る見物人や電車通りまで溢れている見物人、交通整理の警察官や忙しく動き回っている競演場関係者など…。
それぞれの人たちが「よさこい祭り」に関わり、街全体で祭りを盛り上げている様子が解かる風景だ。
また、その土電には、艶やかな衣装を着込んだ踊り子さんが、次の競演場に向かう為に大勢乗り込んで来たかと思えば、再び外に目を向けると、寝坊したのだろうか、猛スピードで衣装を着たまま自転車を必死にこいでいる踊り子さんを発見。
横を通り過ぎる貸切バスからは、複数の踊り子さんがこちらに手を振ってくれる。
さらに、既に踊り終わって早くもビールを飲んでいる踊り子さんも多数見かける。
この風景、この雰囲気、そして高知の人々の温かさが、何度も高知に足を運ばせる要因のひとつになっているのだろう。


第6話 だからこだわりたい (2004年1月吉日)

 これまでの第2話〜第5話で、高知のよさこい祭りについて「見ている人」「支える人」「チーム」「街全体」を、私が感じた範囲内で綴ってきた。
また、各話のタイトルには明記していないが、「祭りの方式」についても多少記述したつもりだ(第3話・第5話の一部分)。
これらの「感じた事」「言いたい事」こそ、私が高知のよさこい祭りについて“素晴らしい”と強く感じている部分である。
また、祭りの全てにおいて「高知の方々のこだわりの意思が強く影響している」とも感じる。
「祭りのありかた」「祭りの方式」「祭りへの取り組み方」「祭りの楽しみ方」…。
50年も前に発祥したこの祭りが、進化・発展を続けながらも、根本的な(大事な)部分はそのまま継承され続けているところに惹かれてしまう。
これらのことが、私が高知のよさこい祭り、高知のチームに、こだわり続けている理由である。
多少の諸問題を解決する必要性もあると思うが、基本的には今後も今のよさこい祭りのまま続けて欲しいと願う。
だからこそ「今の高知の姿」にこだわりたい。


番外編 注意事項 (2004年1月吉日)

 第1話〜第6話までは「高知のよさこい祭りへのこだわり」についてシリーズ化(?)して綴ってきた。
これらの記述は全て管理人の「体験した事」「感じた事」「言いたい事」などを記述したものである。
「私は高知のよさこい祭り及びチームの“こういうところ”が好きでこだわっている」ということを記述させてもらったつもりである。
だから、「高知の人々はこうだ」なんて事は高知県外の人間である私が偉そうに言える立場でも書いたつもりでもないし、「よさこいはこうあるべきだ」なんてことも書いたつもりではない。
あくまで管理人の感想を、独り言としてまとめたものである。


第7話 高知県外のチーム (2004年1月吉日)

 全国には「よさこい」「YOSAKOI」と冠する祭りは数多く存在し、「鳴子を持って踊る祭り(イベント)」まで含めると200を超える膨大な数になる。
しかも、現在も増え続けている模様。
これほどよさこい関連の祭りが多くなれば、それに参加するチームの数も相当なものになる。
その中には高知のチームのように「鳴子をキレイに鳴らす」「練り歩きを主体とした踊りをする」「音楽に“よさこい鳴子踊り”の曲を織り交ぜている」などの、私が「こだわりたい」部分(第4話参照)を持っているチームもいくつかは存在していると思う。
実際に高知のよさこい祭りの本番にもこういうチームが存在していたし、後夜祭と兼ねて開催される全国大会に出場したチームの中でも見たことがある。
では「何故このサイトでは高知のチームしか紹介・記述していないんだ」とか「高知県外のチームでも、スポットを当てて紹介するようなチームもあるじゃないか」という声もあるかも知れない。
確かに、高知のよさこい祭りや高知のチームにこだわっているのなら、そのような(高知のような)チームが県外にあったとしたら、高知のチームと同様に扱うべきだとも言えなくもない。
しかし当サイトでは1つのチームを除き紹介・記述・掲載していない。
何故か?

 高知のよさこい祭りに参加するチームは、毎年百数十を数える。
この中で、私が祭りで実際に見ることが出来るチームの数は限られている。
さらに、遭遇した全てのチームの紹介・感想・写真などを掲載することも当然出来ない(容量、時間、その他の問題により)。
そうなると、遭遇機会のあったチームの中から個人的な好みにより掲載するチームを絞っていくことになる。
それは「第4話 高知のチーム」の「色(=特徴)」による個人的好みだ。
絞り込んだ結果、いくつかのチームの感想や写真などを掲載させていただいている。
こだわり続けている高知のチームでも、絞り込んだいくつかのチームの感想や写真しか掲載出来ない。
そうなると、高知県外のチームを掲載するためには、こういう高知のチームを「色」で超えなければ、紹介する機会を設けるところまでいかない。
なぜなら、高知のチームの中でも状況が許せば、他にも掲載したいチームはたくさんあるのだから。
「高知のようなチーム」には確かに心惹かれるところもある。
但し、高知にはそういうチームが当たり前に数多くあるため、やはりそのチームの「色」が強烈でなければ掲載は難しい。
当サイトの「注目チーム紹介」に掲載されているチームのように。

 そんな当サイトの事情にも影響を受けながらも、サイト開設当初から掲載させていただいている県外のチームもある(当サイト「注目チーム紹介」「見物レポート」「よさこい写真館」参照)。
このチームは、高知のようなチームであり、また、チームの「色」を強烈に発しており、県外のチームだと知ったときにはある意味衝撃を受けたほどだ。
初参加以来、毎年本番で受賞もしていた。
受賞するチームだけがいいチームだとは思わないが、客観的に見て、受賞するチームは素晴らしいチームであるとは感じる。
よって、このチームのような輝きを放つチームが他にも存在していれば、高知県外のチームでも是非掲載させていただきたいと思っている。

 今回この話題を綴った理由としては、「このチームを掲載して欲しい」とか「何故このチームが掲載されてないの?」という声を聞き、掲載出来ないことに申し訳なく思っているから。
だからと言って他の高知のチームを押しのけてまでとか、サイト運営の趣旨に反してまで掲載することは出来ない。
そこでこのような記述で対応させていただいた次第である。
もちろん「素晴らしいチームが高知県外でもある」という声は聞いてみたいと思うのだが…。


第8話 撮影者のマナー・モラル (2004年1月吉日)

 最近以前にも増して見学中に気になることがある。
それは撮影者の存在。
どのチームの演舞、どの競演場・演舞場でも同様。
ここで言う撮影者とは、テレビ局やチーム関係撮影者のことではなく、あくまで一般カメラマンのこと。
本来、楽しい祭りを撮影する(だけの)自由は誰にでもあるのだろうが、それには当然「ルール」「マナー」「モラル」があることを忘れてはならない。
これらを守ることが出来ないと、踊り子さん・チーム関係者・祭り運営関係者・見物人などの各方面に迷惑をかける事になる。
場合によっては危険な状況にもなりかねない。

 私がよさこい祭りで実際に見た例として…
いきなり演舞中の隊列に駆け寄ったカメラマンが、先頭の踊り子さんの顔のすぐ前にカメラを構えて撮影していたり、その後は隊列の中盤に走って突っ込んでいき、同じように顔の前にカメラを構えて撮影しているなど、信じられない場面を何度も見た。
さらに、撮った後に走り去ろうとして、別の踊り子さんにぶつかったりもしていた。
止まった被写体じゃないんだからこういう行為は本当に危険。
また、アーケード会場で立ち入り禁止ラインの内側に陣取り、踊り子さんに何回もぶつかりながら撮影し続け、結局最後には踊り子さんの隊列そのものが、その撮影者を避けるように蛇行して練り歩いていた、なんてとんでもない状況までも目撃した。
他にも、チーム関係者でもないのに、地方車後方にずっとへばり着いての撮影もいただけない。
これらの行為は踊り子さんに対して「失礼」だし、「危険」だし、「踊りづらい」し、チーム関係者や祭り運営関係者は言うに及ばず、他の見物人に対しても迷惑な行為だ。
マナー違反モラル欠如にもほどがある。

 以前あるサイトでこんな記述を見た…
「いい写真を撮る為にはある程度の迷惑は仕方がない」とか
「最高の写真を撮るのだから、まずは撮影を優先する」とか
「いい写真を撮って本人にあげれば踊り子さんも喜ぶはずだ」等々
…が書いてあったが、これは撮影者の勘違いもいいところだ。
踊り子さんに失礼なく、踊りの邪魔にならないように、危険のないような撮影方法で撮った写真ならともかく、マナー違反・モラル欠如の写真なんて、その撮影技術や写真の完成度など問題ではない
仮に踊り子さん本人がその写真を貰っても、ちっとも嬉しくないはずだ。
こういう思い違い・迷惑行為の全てが、今後一切なくなるように強く願う。
付け加えて言うならば、踊り子さんに対してだけでなく、他の見物人の迷惑にもならないような撮影方法も考慮して欲しいと思う。
当然私も、今まで以上に慎重に撮影するつもりである。


第9話 「踊らなければ分からない」に異議あり (2004年9月吉日)

「よさこいの楽しさは踊らなければ分からない」という言葉を耳にすることが多々あるが、私はこの考えに賛同出来ない。
個人的には、諸事情が許せば踊ってみたいと思うし、踊ったら楽しいだろうなとも思う。
但し、踊らないと楽しさが分からないっていう言葉には異議あり。

例えば…
「“踊り子として感じる”祭りの楽しさは、踊り子にしか分からない」
「踊ってみれば祭りがもっと楽しくなるはず」
と言うのなら納得も出来る。
しかし、その言葉の多くは、「よさこい祭り」という“祭りそのものの本当の楽しさ”は、“踊った者”でなければ分からない、という意味として使われていた。
少なくとも、私にはそうとしか聞こえない場面が過去にしばしばあった。
それでは、踊り子さん以外の人たちって一体…。

よさこい祭りには、踊り子さん以外にも多くの方々が関わっている。
仕事として関わっている一部の方を除いても、チームの関係者として終始裏方に徹する者、競演場・演舞場を運営する者や接待所の方々、近隣住民・ボランティアの方々、そして多くの見物人などなど。
踊り子さんでなくともよさこい祭りの楽しさ・やりがい・満足感を分かっている(知っている)者は多いと思う(当然、楽しいことばかりではないと思うが…)。
とはいえ、裏方として祭りに関わっている方々の気持ち(考え)を、ここで私が勝手に代弁する訳にはいかない。
したがって、祭り好きの一見物人として関わっている「私(wani)の場合」について記述してみたい。

(問1)
踊ってもないのに、よさこい祭りについてのサイトまで運営している私(wani)は何者?
(解答)
よさこい祭りを楽しんでいるただの見物人。
(問2)
踊ってもないのに、祭りの楽しさを分かっているのか?
(解答)
・見物して楽しんでいる。
・祭りの雰囲気・街全体の雰囲気も楽しんでいる。
・楽しいからサイトも運営している。
・楽しいからビデオも撮り、デジカメも撮る。
・祭りでの交流やネット上での交流も楽しい。

祭りの楽しさが分かるも分からないも、楽しむことは理屈じゃない。
楽しいものは楽しい。
それだけ。
たとえ踊らなくても…。
ただし、踊れば今までとはまた別の楽しさを発見できるだろうとは思う。

個人の価値観は十人十色である。
祭りもしかり。
それを楽しむ過程も様々だし、楽しいと感じる度合いも様々
また、そのときの環境や状況によって楽しさの有無もある。
私にとって大事なことは、自分が祭りを楽しんでいるか、ということ(当然「ルール」「マナー」「モラル」を守った上での話)。
祭りが楽しいのなら、踊り子さんでも裏方スタッフでも見物人でもいい。

「楽しければいいのよ」
また、あの廃バスの落書きを思い出した。
(たしか香美郡吉川村)


わすれた頃に第10話の記述するかも…
ネタ?
未定です(笑)


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